おすすめ曲紹介①【聞こえないように】
曲を紹介します。
ぼく(いつもは一人称"僕"ですが、今回は登場人物の「僕」に譲り、ひらがな表記にします。)の大好きなハンブレッダーズの、アルバム「ユースレスマシン」より
【聞こえないように】
作詞:ムツムロアキラ 作曲:ハンブレッダーズ
登場するのは「僕」と「君」。
綺麗な夕焼けの中、一緒に歩いている君の、何気ない仕草や話す姿に
つい、
「大好きだ」
と呟いてしまう「僕」。
「君」には聞こえていなくて、少しがっかりする「僕」と、安心する「僕」。
この曲は心地よいイントロから始まる。
ムツムロさんの落ち着いた声がマッチしてさらに心地よさが増していく。
”夕日を纏って歩く君の 影の先っぽあたりを歩いてたんだよ”
”とりとめない愚痴や不安なんかが 僕にはちょっと嬉しかったよ”
”初めての共通点だった”
”際限なく続かないのも 叶わないのもわかっていた”
情景は高校生の下校風景、甘酸っぱい青春ラブソングに聴こえる。
”星屑 繋いで歩く君に 置いていかれないように歩いてたんだよ”
陽が沈むのが早くなった。季節が変わったのかな?
夕日を纏っていた「君」は星を見て歩くようになった。
まだ「僕」は「君」の後を歩いている。二人の関係は変わらない。うん。
”小さく君が笑ってくれるのが 嬉しくて嬉しくて 悲しかったよ”
ん?…悲しい?
ここで、ただの青春ラブソングじゃないかも…と。
もしかして「君」には「僕」じゃない大事な人がいる?
大人ラブソングにも聴こえてくる。
それならば、本当は「君」には全部聞こえてて、
「僕」の気持ちにも気付いててほしいな。
聞こえてたけど、気付いてたけど、「君」にもどうすることもできなかった。
気付かないふりをするしかなった、がいいな。
「君」には他に大事な人がいることを知っているから
「僕」にはどうしようもできない、けど、
それでも気持ちが溢れてくる、切ない大人ラブソング。
大人は聞こえてないふりが上手だから。
”聞こえてないのを確かめて すこしがっかりした”
”聞こえてないのを確かめて すこし安心した”
伝わってほしいけど伝わってほしくない。でも溢れて止まらない。
少しスリリングで繊細で、でも変わらない「僕」の気持ちが、
ミドルテンポなメロディーで一途に表現されていて、温かいような切ないような、
そんな気持ちになる。
大人になるにつれて
聞こえないふり、気付かないふりが上手になるし、スキルとして必要にもなってくる。
勢いや感情だけではどうにもできないことも、増えていく気がするけど、
こういう曲があるおかげで、
今の、自分の、この気持ちも誤魔化さず大事にして良いんだと思える。
片思い中の人、叶わない恋愛中の人、好きな人に好きな人がいる人、
卒業を控えて好きな人と進路が分かれてしまう人、聞こえててほしくない人、
ぜひ聴いてみてください。
あぁ、でもやっぱり「君」は気付かないでいてほしいな。(急に)
「僕」と「君」に幸あれ。
この二人の続編が、新しいアルバム「ギター」の【名前】だったら良いな。
※歌詞解釈は独自のもので、なんの根拠もありません。ぼくの妄想であり希望です。
※この文章は2022年2月に書いたものです。(下書きに残ってた)
大義名分
いつの間に4年も経っていたんだろう。
仕事を辞めて、元いた職場に拾ってもらい、
なんやかんやと過ごしているうちに前回の投稿から4年が経っていたらしい。
パンデミックは終息し、TwitterがXになり、日本では初の女性総理大臣が誕生した。
目まぐるしい世界の中で、僕は先日新しいゲームを購入した。僕だけは4年前と変わらずにいる。
離れて暮らしているのに、ダラダラと過ごしていることを見透かされているのか、母からは「ちゃんとご飯作りなさいよ」と、事あるごとに言われる。マルチタスクが苦手な僕は見ていたテレビを消して「うん」とだけ返事のメッセージを打つ。
母からのメッセージを思い出し「じゃあ料理の術を教えといてくれよ」と、やや皮肉を込めた感情を飲み込み、熱々の梅生姜茶をすする。昔、風邪を引いたときに母が作ってくれた即席風邪薬だ。僕が唯一、母から盗み、同じように再現できる術だ。
そう、僕は今、掠れ声と咳に苛まれている。風邪だ。そんなタイミングで、海外を自転車で横断中の後輩も風邪を引いてしまったことをSNSで知った。同じ苦しみに(しかも海外で)立ち向かっていることに親心のような気持ちが沸き、少しだけど寄付をした。noteの寄付はアカウントを作らないとできなかったので、作った。「憧れのnoteも始めてみようかな」という目論見もあった。後輩を応援する気持ちは大義名分で、実はnoteという流行に乗りたかっただけかもしれない。
結果的に、このブログを思い出した。書くことが好きだったことを思い出した。書くことは好きだけど、現実世界の僕のことを知られるのはまだ恥ずかしい。完全なる自意識過剰とは分かりつつも、「この人がこの文章を書くのか」と思われるのが恥ずかしい。だから知り合いが1人もいないここに綴る。noteのアカウントは、引き続き誰かを応援する時に活用していこうと思う。
声が出るようになったら、久しぶりに母に電話してみよう。また料理のことを言われるだろうから、胸を張って即席風邪薬の話をしようと思う。呆れて笑う母の声を想像して、少し笑ってしまう。
時間を有効活用しようとしたけど
僕はお風呂が苦手だ。
入ってしまえば良いのだが、そこに至るまでが長い。
今日はそんな自分を奮い立たせ、帰宅とともにお湯を張り始めた。
その間に冷蔵庫にあったキャベツと茄子とウインナーをトマト缶で煮込んだ。
味付けはコンソメと塩と醤油を少し。あとニンニク。
トマトスープもどき(美味しい)が出来上がった。
良い感じに時間を使えている。
このままいくとお風呂から上がって夜ご飯を食べ終わった後に
見たいテレビを見て、本を読む時間までありそうだぞ。
お風呂とご飯までは順調だった。
僕はあろうことか、しばらくログアウトしていたTwitterを開いた。
気付いたらあと1時間でいつも寝ている時間だった。
Twitterはたくさんの情報で溢れていてとても楽しかった。
自分だけはるか昔からタイムリープしたみたいに、速い流れの中に身を置かれた。
結果、僕はまたTwitterをログアウトした。
速い流れは新鮮だったし、大好きなものの情報をいち早く知れるのはとても魅力だった。好きな芸能人が呟いているのをリアルタイムで見れるのも魅力的だった。面白い呟きもたくさんあった。楽しい場所だな、と思った。
でも僕はログアウトした。
今の僕にとっては、好きなものの情報をいち早く手に入れるより、好きな芸能人の発信より、面白いつぶやきより(正直これが一番名残惜しかった)、読みかけの本の方が大事だったのだ。
僕みたいに時間も分からなくなってしまうほど没頭してしまう人は、そもそもSNSに向いていないと思う。
また、たまにログインして「速い!」と感じて現実世界に戻ってくるくらいがちょうど良いかもしれない。
時間を有効活用しようとしたけど、失敗した話。
また雨が降ってきた。自宅にて。
銀河高速
ブログの一番最初に僕がラブレターを(勝手に)書いたバンド、
ハンブレッダーズの最高の楽曲たちの中に「銀河高速」という曲がある。
この曲のリリースと同時期に、ギター吉野エクスプロージョンのサポートメンバー降格が発表された。脱退ではなく降格という形を取ってくれたから、ファンのダメージは最小限で済んだように思うけど、僕はTwitterの下書きに長文投稿を溜めに溜め、思春期の高校生のような気持ちになっていた。ファンとして少し切なくそれでも力強く響く「せつなちからづよソング」なのだ。
この曲は赤い。曲の熱量だろうか。唐紅。彼らの決意と前に進む勇気の曲。
「まだ歌いたい」と思ってくれてありがとう。
数年後も数十年後も大真面目な顔でこの曲を聴いて、大真面目に「良い!!!!!」と言うだろうな。
イヤホンから流れてきたので愛を綴ってみました。
次は何が流れるだろうか。もう一回戻して銀河高速を聴くのもありだな。
あと、
ラブレターは勝手に書くものだし、
思春期の高校生がTwitterの下書きを長文投稿で埋めるかどうかは僕は知らない。
自宅にて。
好きな季節
僕は春が好きだ。
葉っぱが芽吹く匂いと、出会いと別れ。
そして山菜やいちごが美味しい。
僕は夏も好きだ。
エネルギッシュな太陽と、一夏の恋。
そしてスイカやとうもろこしが美味しい。あとアイスも。
僕はなんと秋も好きだ。
少しの肌寒さと、落ち着いた雰囲気。
そして栗かぼちゃさつまいもが美味しい。あと梨とか柿も。
意外かもしれないが、僕は冬も好きだ。
無条件に人に対して優しくなれるし、色々な服を着られる。
こたつで食べるみかんは格別だし、こたつで寝るのも最高。
つまり僕は、食べ物が好きだ。
食べることが大好きだ。
食べ物は全て美味しい。
その季節によって美味しいものが変わるのもまた乙だ。
「旬」というネーミングも良い。
僕は明日も美味しいものを食べて生きる。こんなに幸せなことがあるか?
雨はすっかり上がった。今週は少し肌寒いらしい。
なかなか片付かない自宅にて。
僕が勇者だった話
小学生の頃住んでいたのは、バスが1時間に数本しか来ない田舎だった。
当時まだ携帯電話やら腕時計やらを持つ小学生は少なく、バス停近くにある古びた車屋の時計を見てバスが来るまでの時間を確認していた。
思い返すと、僕はあの頃からのんびりしていたんだろう。バスが来るまでの時間はボーッとしたり、車のナンバープレートを見て数字の語呂合わせをしたりしていた。ある時、目の前でバスが行ってしまったのをぼんやりと確認した僕は「歩いてみよう」と思い立った。
子どもの足で片道1時間程の道中は、覚えたナンバープレートの車が銀行強盗犯の乗った車で、警察に事情を聞かれたらどう答えようかのシュミレーションや、巨人が現れたらどのルートで逃げようかそれとも友だちになろうかなど、そういったことを考えていたような気がする。至極真剣にだ。
まっすぐ1本道、車道と歩道がしっかりと分かれ、歩道もそれなりの広さが確保されていた。
ガシャンカポッ ガシャンカポッ
後ろから音を立ててやってくるのは馬だ。そう、馬。horse。見なくても分かる。小学生の僕にとってすぐ真横を通る馬はとてつもなく大きくて、かっこよくて、いつもドキドキした。でもあからさまに驚いたりジロジロ見るのは失礼だと余計な心配をしていた僕はあえて振り返ったり馬の方を見たりせず、いつも見るのは手綱を引くおじさんの後ろ姿と左右に揺れる馬の尻尾だった。
少し歩くと途中に藪がある。
薄暗く、ほっそりとした竹が何本も生えていたそこは、何か不思議な生き物がいてもおかしくない雰囲気だった。いつ何が出ても大丈夫なように、僕はそこを通るとき少しだけ息を潜めて緊張しながら歩いた。
ある日、横目に何か動くものが見えたのと同時に「ガサッ」と音がした。
でた!!!!!!!!!!!!!!
心拍が速くなるのを感じ、反射的に両手をグッと握りしめた。
そいつは僕が歩く横をピッタリついてくる。歩くスピードを速めてもついてくるそいつに、喉が熱くなり視界がぼやける。どうしようもなくなって、僕は歩くのをやめた。
ヒュ〜ッという風とともにそいつは僕の横を通り過ぎた。
「葉っぱ、、、」
あの時のため息は、十数年後に大学の入試に受かったときまで出たことのない種類のため息だったと思う。
そんなこんなで、まもなく家に着く、というところ。ここが僕にとっての最終局面だ。
そこはなんの工事か分からないが、とにかく工事現場だった。
いつも通り空想したり、馬を後ろから見たり、葉っぱに踊らされながら帰っていた僕の耳に犬の鳴き声が飛び込んできた。恐怖で正式な数を確認したことはないが恐らく3頭ほどの犬が工事現場からこちらに向かって吠えている。しかも尋常じゃない吠え方だ。それどころではない。犬の声がだんだん近づいてくるではないか。
運動が得意ではない僕なりに、地域の子どもマラソンでビリという成績を持つ僕なりに、一生懸命走った。
3歳上の兄と僕の中で、あの犬のいる工事現場が家までの道で一番危険だということを話し、あそこを通る時だけは走ることに集中した。
幸い、犬が直接危害を加えてきたことはなかった。兄が襲われたという、うっすらとした記憶があるが恐らく僕の空想だろう。
僕はそんな勇者の道を何回も往復して小学校6年間を過ごした。
大人になった今、毎日仕事に行くし、もう子どもの時のように空想ばかりしていられないことにも気付いてしまった。警察に銀行強盗犯が乗る車について聞かれたこともないし、巨人も今のところは現れていない。犬は怖かったし不意に動く葉っぱにもぶつけようのない怒りが湧いたけど、僕は勇者だった。まぎれもない勇者だった。
余計な心配はせず、おじさんに馬の話を聞いていたら、もっとすごい勇者になれていたかもしれない。
今日はそんな幼少期の話でした。
元勇者は明日も仕事に行きます。
まだ雨が続いている。自宅にて。