桃太郎電鉄を購入した。
欲しいなと思ってすぐに購入できるのは、僕が大人になった証拠だ。
今日は本当にそれだけ。
桃鉄をやらなくてはいけないので。
ちなみに僕はゲームが下手で、よく貧乏神に憑かれている。
頑張って勝つぞ!
暑さが戻ってきたけど明らかに秋の空気だったな。
さ、社長になってくるか。
自宅にて。
僕はお風呂が苦手だ。
入ってしまえば良いのだが、そこに至るまでが長い。
今日はそんな自分を奮い立たせ、帰宅とともにお湯を張り始めた。
その間に冷蔵庫にあったキャベツと茄子とウインナーをトマト缶で煮込んだ。
味付けはコンソメと塩と醤油を少し。あとニンニク。
トマトスープもどき(美味しい)が出来上がった。
良い感じに時間を使えている。
このままいくとお風呂から上がって夜ご飯を食べ終わった後に
見たいテレビを見て、本を読む時間までありそうだぞ。
お風呂とご飯までは順調だった。
僕はあろうことか、しばらくログアウトしていたTwitterを開いた。
気付いたらあと1時間でいつも寝ている時間だった。
Twitterはたくさんの情報で溢れていてとても楽しかった。
自分だけはるか昔からタイムリープしたみたいに、速い流れの中に身を置かれた。
結果、僕はまたTwitterをログアウトした。
速い流れは新鮮だったし、大好きなものの情報をいち早く知れるのはとても魅力だった。好きな芸能人が呟いているのをリアルタイムで見れるのも魅力的だった。面白い呟きもたくさんあった。楽しい場所だな、と思った。
でも僕はログアウトした。
今の僕にとっては、好きなものの情報をいち早く手に入れるより、好きな芸能人の発信より、面白いつぶやきより(正直これが一番名残惜しかった)、読みかけの本の方が大事だったのだ。
僕みたいに時間も分からなくなってしまうほど没頭してしまう人は、そもそもSNSに向いていないと思う。
また、たまにログインして「速い!」と感じて現実世界に戻ってくるくらいがちょうど良いかもしれない。
時間を有効活用しようとしたけど、失敗した話。
また雨が降ってきた。自宅にて。
ブログの一番最初に僕がラブレターを(勝手に)書いたバンド、
ハンブレッダーズの最高の楽曲たちの中に「銀河高速」という曲がある。
この曲のリリースと同時期に、ギター吉野エクスプロージョンのサポートメンバー降格が発表された。脱退ではなく降格という形を取ってくれたから、ファンのダメージは最小限で済んだように思うけど、僕はTwitterの下書きに長文投稿を溜めに溜め、思春期の高校生のような気持ちになっていた。ファンとして少し切なくそれでも力強く響く「せつなちからづよソング」なのだ。
この曲は赤い。曲の熱量だろうか。唐紅。彼らの決意と前に進む勇気の曲。
「まだ歌いたい」と思ってくれてありがとう。
数年後も数十年後も大真面目な顔でこの曲を聴いて、大真面目に「良い!!!!!」と言うだろうな。
イヤホンから流れてきたので愛を綴ってみました。
次は何が流れるだろうか。もう一回戻して銀河高速を聴くのもありだな。
あと、
ラブレターは勝手に書くものだし、
思春期の高校生がTwitterの下書きを長文投稿で埋めるかどうかは僕は知らない。
自宅にて。
僕は春が好きだ。
葉っぱが芽吹く匂いと、出会いと別れ。
そして山菜やいちごが美味しい。
僕は夏も好きだ。
エネルギッシュな太陽と、一夏の恋。
そしてスイカやとうもろこしが美味しい。あとアイスも。
僕はなんと秋も好きだ。
少しの肌寒さと、落ち着いた雰囲気。
そして栗かぼちゃさつまいもが美味しい。あと梨とか柿も。
意外かもしれないが、僕は冬も好きだ。
無条件に人に対して優しくなれるし、色々な服を着られる。
こたつで食べるみかんは格別だし、こたつで寝るのも最高。
つまり僕は、食べ物が好きだ。
食べることが大好きだ。
食べ物は全て美味しい。
その季節によって美味しいものが変わるのもまた乙だ。
「旬」というネーミングも良い。
僕は明日も美味しいものを食べて生きる。こんなに幸せなことがあるか?
雨はすっかり上がった。今週は少し肌寒いらしい。
なかなか片付かない自宅にて。
小学生の頃住んでいたのは、バスが1時間に数本しか来ない田舎だった。
当時まだ携帯電話やら腕時計やらを持つ小学生は少なく、バス停近くにある古びた車屋の時計を見てバスが来るまでの時間を確認していた。
思い返すと、僕はあの頃からのんびりしていたんだろう。バスが来るまでの時間はボーッとしたり、車のナンバープレートを見て数字の語呂合わせをしたりしていた。ある時、目の前でバスが行ってしまったのをぼんやりと確認した僕は「歩いてみよう」と思い立った。
子どもの足で片道1時間程の道中は、覚えたナンバープレートの車が銀行強盗犯の乗った車で、警察に事情を聞かれたらどう答えようかのシュミレーションや、巨人が現れたらどのルートで逃げようかそれとも友だちになろうかなど、そういったことを考えていたような気がする。至極真剣にだ。
まっすぐ1本道、車道と歩道がしっかりと分かれ、歩道もそれなりの広さが確保されていた。
ガシャンカポッ ガシャンカポッ
後ろから音を立ててやってくるのは馬だ。そう、馬。horse。見なくても分かる。小学生の僕にとってすぐ真横を通る馬はとてつもなく大きくて、かっこよくて、いつもドキドキした。でもあからさまに驚いたりジロジロ見るのは失礼だと余計な心配をしていた僕はあえて振り返ったり馬の方を見たりせず、いつも見るのは手綱を引くおじさんの後ろ姿と左右に揺れる馬の尻尾だった。
少し歩くと途中に藪がある。
薄暗く、ほっそりとした竹が何本も生えていたそこは、何か不思議な生き物がいてもおかしくない雰囲気だった。いつ何が出ても大丈夫なように、僕はそこを通るとき少しだけ息を潜めて緊張しながら歩いた。
ある日、横目に何か動くものが見えたのと同時に「ガサッ」と音がした。
でた!!!!!!!!!!!!!!
心拍が速くなるのを感じ、反射的に両手をグッと握りしめた。
そいつは僕が歩く横をピッタリついてくる。歩くスピードを速めてもついてくるそいつに、喉が熱くなり視界がぼやける。どうしようもなくなって、僕は歩くのをやめた。
ヒュ〜ッという風とともにそいつは僕の横を通り過ぎた。
「葉っぱ、、、」
あの時のため息は、十数年後に大学の入試に受かったときまで出たことのない種類のため息だったと思う。
そんなこんなで、まもなく家に着く、というところ。ここが僕にとっての最終局面だ。
そこはなんの工事か分からないが、とにかく工事現場だった。
いつも通り空想したり、馬を後ろから見たり、葉っぱに踊らされながら帰っていた僕の耳に犬の鳴き声が飛び込んできた。恐怖で正式な数を確認したことはないが恐らく3頭ほどの犬が工事現場からこちらに向かって吠えている。しかも尋常じゃない吠え方だ。それどころではない。犬の声がだんだん近づいてくるではないか。
運動が得意ではない僕なりに、地域の子どもマラソンでビリという成績を持つ僕なりに、一生懸命走った。
3歳上の兄と僕の中で、あの犬のいる工事現場が家までの道で一番危険だということを話し、あそこを通る時だけは走ることに集中した。
幸い、犬が直接危害を加えてきたことはなかった。兄が襲われたという、うっすらとした記憶があるが恐らく僕の空想だろう。
僕はそんな勇者の道を何回も往復して小学校6年間を過ごした。
大人になった今、毎日仕事に行くし、もう子どもの時のように空想ばかりしていられないことにも気付いてしまった。警察に銀行強盗犯が乗る車について聞かれたこともないし、巨人も今のところは現れていない。犬は怖かったし不意に動く葉っぱにもぶつけようのない怒りが湧いたけど、僕は勇者だった。まぎれもない勇者だった。
余計な心配はせず、おじさんに馬の話を聞いていたら、もっとすごい勇者になれていたかもしれない。
今日はそんな幼少期の話でした。
元勇者は明日も仕事に行きます。
まだ雨が続いている。自宅にて。
言葉で人を感動させることなんて本当にできるのか?
大好きな音楽を聴きながら、僕はよくそんなことを考えている。
音楽を聴くときにメロディーを重視するか、歌詞を重視するかという論争はこれまでずっと続いている。論争と言ってもどちらが正しいということはなく、好みの問題なのだが「メロディーが主要。歌詞は飾り」派と「歌詞があってこそメロディーが生きるのよ!」派に分かれる。僕はどちらも好きだしその時の気分によっても変わる。
今は歌詞に酔いしれる気分。大好きなバンドを巻き込んでみようと思う。
数年前、ライブハウスで出会った友だちから”ハンブレッダーズ”というバンドを勧められた。初めて聴いた曲は彼らのファンなら絶対に知っている「DAY DREAM BEAT」という曲。少し大袈裟かもしれないが耳から頭、そして体全体に電気が走った。昔の曲から最新曲までを夢中になって聴いた。SNSで彼らの情報を集めた。便利な時代だと思った。(と言っても僕が生まれた時はもうすでに結構便利な時代になっていたから不便な時代をあまり知らないんだけど、ただなんとなく言いたい。便利な時代だ。)
彼らを知るうちにその演奏技術や曲の完成度の高さとともに、ギターボーカル・ムツムロアキラの”言葉”に対する姿勢というものが気になり始めた。面白いのだ。読書や映画鑑賞をしているわけではない。音楽を聴いているだけなのだが、面白いのだ。言葉選び、言い回し、繋ぎ方、どこか遊び心のある歌詞に毎回「やられた」と心酔してしまう。
小さい頃、夢中になって読んだ本は僕を別の世界に連れていってくれた。その時の感覚にとても似ている。僕だけの世界が確実にそこにあって、誰にも邪魔されない自分だけの時間が流れる。大人になってもそんな世界に連れていってくれる存在は僕にとって大きかった。最近買ったワイヤレスイヤホンから聞こえる音楽で、今日も無敵になった僕は、生意気にもこんな投稿をしている。
言葉で人を感動させられるのか?という疑問を抱えながら、僕はまた彼の言葉に感動させられる。まんまと、だ。結局のところ、それは可能だという答えには辿り着いている。何より僕がそれを実感している。だからやってみたくなったのだ。言葉を届けてみたくなったのだ。
尊敬する、大好きなバンドマンへのラブレターを第一回目の投稿としよう。
いつか直接会えた時に「あ、、、ども、、、えっと、、、」とうまく言葉を紡げず
に背中を丸めて帰ってこないように、ここで練習しておく。
僕は彼らの音楽が、言葉が、大好きだ。
雨が降る三連休、自宅にて。